公爵どうだ、アントーニオは来ておるか。
アントーニオここに、閣下。
公爵気の毒に思うぞ。おまえの相手は
石のような敵、慈悲のひとかけらも
持ち合わせぬ、憐れみというものの通じない、
血も涙もない男だ。
アントーニオ伺っております、
閣下があの男の苛烈なやり口を和らげようと、
大変なご尽力をくださったと。ですが、あの男は頑として動かず、
合法の手立てでは、あの憎しみの届く先から
この身を救い出せぬとあれば、わたしは奴の怒りに
忍耐で立ち向かうまで。心の静けさをもって、
あの男の暴虐と憤怒そのものに、
耐える覚悟はできております。
公爵誰か、あのユダヤ人を法廷へ呼べ。
サレーリオ戸口に控えております。参りました、閣下。
公爵場所を空けよ、わしの前に立たせよ。
シャイロック、世間はこう思っておる、わしも同じ考えだが——
おまえはその悪意の芝居を、最後の幕切れまで
続けてみせるだけのつもりであろう。そして土壇場になれば、
今の見せかけの残酷さが奇怪であるだけに、それよりなお奇怪な
慈悲と悔悟を見せてくれるはずだとな。
つまり今は科料を——この哀れな商人の
肉一ポンドを——取り立てる構えを見せてはいるが、
最後にはその証文を反故にするばかりか、
人間らしい優しさと情に打たれて、
元金の半分も許してやるだろうと。
憐れみの目を、この男の被った損失に向けてやれ、
このところ立て続けにその背にのしかかり、
王侯なみの豪商をも押し潰すほどの損失だ。
その窮状を見れば、真鍮の胸からも、火打石の心からも、
情け深い作法など習ったこともない
頑迷なトルコ人やタタール人からも、
同情を引き出せよう。
皆、優しい答えを待っておるぞ、ユダヤ人。
シャイロックわしの腹づもりは、すでに閣下にお伝えしたとおり。
われらの聖なる安息日にかけて誓ったのだ、
証文の定めどおり、科料を頂戴すると——
それを拒むとおっしゃるなら、その危険は
あなたがたの憲章と、この都市の自由に降りかかりましょう。
お尋ねになるでしょうな、なぜ三千ダカットを受け取らず、
腐り肉の重さのほうを選ぶのかと。
それには答えません——
わしの気まぐれだ、とだけ言っておく。答えになりましたかな。
わしの家に鼠が一匹住みついて、
それを毒殺するのに一万ダカット払いたい気分だとしたら、
どうです。これで答えになりましたかな。
口を開けた豚の丸焼きが我慢ならぬ者もいる。
猫を見ると気が狂う者もいる。
風笛が鼻にかかった音で歌うと、
小便を堪えられなくなる者もいる。好き嫌いの情こそ
感情の女主人、それが心を、好むか忌むかの
気分へと従わせるのだ。さて、お答えしよう——
口を開けた豚がなぜ我慢ならぬのか、
害もない、いなくては困る猫がなぜだめなのか、
毛織りの風笛がなぜだめなのか、はっきりした理由など
挙げられぬのと同じことで、
自分が不快だから人を不快にするという、
避けようのない恥に身を任せるほかないのと同じことで——
わしにも理由は挙げられぬし、挙げる気もない、
アントーニオに対する根深い憎しみと、
ある種の虫の好かなさ、それ以上の理由はな。だからこそ、
損とわかっている訴えを、こうして続けているのだ。答えになりましたかな。
バサーニオそれが答えになるか、この血も涙もない男、
その残酷さの流れを言い繕う答えには。
シャイロックおまえを喜ばせる答えをする義理はない。
バサーニオ人間はみな、愛せないものを殺すのか。
シャイロック憎みもせぬものを、殺したい者がいるかね。
バサーニオ気に障ったからといって、すぐに憎しみになるわけではない。
シャイロックほう、おまえは同じ蛇に二度噛まれたいのか。
アントーニオ考えてもみてくれ、相手はあのユダヤ人だ——
それなら浜辺に立って、
満ち潮に、いつもの高さを下げろと命じるほうがいい。
狼に向かって、なぜ母羊に子羊を
奪われた悲しみの声を上げさせたと問い詰めるほうがいい。
山の松に向かって、天の突風に嬲られるとき、
その高い梢を揺らすな、音を立てるなと
禁じるほうがいい。
どんな至難の業でもやってみるほうがまだいい、
あれを和らげようとするよりは——これより固いものがあるか——
あのユダヤの心を。だから、頼む、
もう何も申し出るな、手を尽くすな。
手短に、すっきりと、
わたしには判決を、ユダヤ人には望みのものを与えてくれ。
バサーニオ三千ダカットの代わりに、ここに六千ある。
シャイロックたとえ六千ダカットの一枚一枚が
六つに割れて、その一枚一枚がダカットになろうとも、
受け取りはせぬ。証文どおりにしてもらう。
公爵慈悲を施さぬ者が、どうして慈悲を望めよう。
シャイロック何の裁きを恐れることがあります、悪事は何もしておらんのに。
あなたがたは大勢の買った奴隷をお持ちだ。
それを驢馬や犬や騾馬と同じに、
卑しい奴隷仕事にお使いになる、
金で買ったからだ——ではわしがこう言ったらどうです、
奴隷を自由にしておやりなさい、お世継ぎと結婚させておやりなさい、と。
なぜ奴隷は重荷の下で汗をかくのです。奴隷の寝床も
あなたがたと同じくらい柔らかくして、奴隷の舌も
同じご馳走で楽しませておやりなさい、と。あなたがたは答えるでしょう、
「奴隷はわれらのものだ」と——ならばわしも同じ答えをしよう——
わしがあの男に要求している肉一ポンドは、
高い金で買ったもの。わしのものだ、だからいただく。
それを拒むなら、あなたがたの法律など、くそくらえだ。
ヴェニスの法令に、何の力もないことになる。
裁きを求めて、ここに立っている——答えていただこう。いただけるのか。
公爵わしの権限で、この法廷を閉じてもよいのだぞ、
この件の裁定を頼んで使いを出した
碩学のベラーリオ博士が、
今日ここに来ぬのであればな。
サレーリオ閣下、外に使いの者が控えております、
博士の書状を携えて、
パドヴァから着いたばかりの者が。
公爵書状をこれへ。使いの者を呼べ。
バサーニオ元気を出せ、アントーニオ。おい、まだ望みはあるぞ。
あのユダヤ人には、俺の肉でも、血でも、骨でも、何もかもくれてやる、
おまえが俺のために血を一滴でも流すくらいなら。
アントーニオわたしは群れの中の、病んだ羊だ、
死ぬのがいちばん似合っている——いちばん弱った果実が
真っ先に地に落ちる。わたしもそうさせてくれ。
バサーニオ、おまえにできる何よりの務めは、
生きながらえて、わたしの墓碑銘を書いてくれることだ。
公爵パドヴァから参ったのか、ベラーリオのもとから。
ネリッサどちらからも、閣下。ベラーリオ先生より、ご挨拶を申し上げます。
バサーニオなぜそんなに熱心にナイフを研ぐ。
シャイロックそこの破産者から、科料を切り取るためさ。
グラシアーノ靴の底ではない、おまえの魂の底で研いでいるのだろう、酷薄なユダヤ人め、
そのナイフを鋭くしているのは。だが、どんな金物も、
そう、首斬り役人の斧でさえ、おまえの尖った憎しみの
半分の鋭さも持ってはいまい。祈りひとつ、おまえには刺さらないのか。
シャイロック刺さらんね、おまえの知恵でこしらえられる祈りではな。
グラシアーノおお、地獄に堕ちろ、呪っても呪い足りぬ犬め。
おまえを生かしておくとは、正義こそ罪に問われるべきだ。
おまえを見ていると、わたしの信仰まで揺らぎそうになる、
ピュタゴラスの説にうなずきたくなる、
獣の魂が人間の胴体に
流れ込むことがあるという、あの説に——
おまえの犬根性は、もとは狼に宿っていたのだ。人殺しで絞首刑になり、
絞首台の上からその凶悪な魂が抜け出して、
おまえが汚れた母の胎にいるあいだに、
そっくり流れ込んだ——だからおまえの欲望は
狼そのもの、血に飢えて、餓えて、貪り食らう。
シャイロックわめいたところで、この証文から印章は剥がれんぞ。
そう大声を出しては、肺を痛めるだけ損というもの。
その知恵を修繕するんだな、若いの。放っておくと、
手の施しようもない廃屋になるぞ。わしはここで、法を求めているのだ。
公爵ベラーリオからのこの書状は、
若く学識ある博士を、当法廷に推挙しておる。
その方はどこにおられる。
ネリッサすぐ近くに控えて、
お許しが出るかどうか、お返事を待っております。
公爵心から歓迎しよう。誰か三、四名、
丁重にこの場へご案内せよ。
その間に、法廷はベラーリオの書状を聞くこととする。
書記(読み上げる。)「閣下に申し上げます。お手紙を頂戴しましたとき、わたくしは重い病の床にありました。ですがお使いの方が着かれたちょうどそのとき、ローマの若い博士が見舞いに参っておりました。名をバルサザーと申します。ユダヤ人と商人アントーニオの間の係争の経緯を彼に伝え、二人して多くの書物を繰りました。彼はわたくしの見解を携えております。それに彼自身の学識——その大きさは、いくら讃えても足りませぬ——が磨きを加えたものを持って、わたくしの懇請により、わたくしの代わりに閣下のご要請にお応えすべく参上いたします。年若いことが、しかるべき敬意を欠く妨げとなりませぬよう、伏してお願い申し上げます。これほど若い身体に、これほど老成した頭が載っているのを、わたくしは見たことがございません。どうぞお引き立てのほどを。その真価は、お試しくだされば、わたくしの推薦よりも雄弁に語りましょう。」
公爵碩学ベラーリオの書くところは、お聞きのとおり。
して、これに見えるのが、その博士どのであろう。
公爵お手を。老ベラーリオのもとから来られたか。
ポーシャさようでございます、閣下。
公爵ようこそ。席に着かれよ。
当法廷でいま争われている
係争の中身は、ご存じかな。
ポーシャ仔細は残らず伺っております。
どちらが商人で、どちらがユダヤ人ですか。
公爵アントーニオ、老シャイロック、両名とも前へ。
ポーシャあなたの名はシャイロック。
シャイロックシャイロックが、わしの名で。
ポーシャあなたの起こした訴えは、奇怪な性質のものです。
ですが手続きに瑕疵はなく、ヴェニスの法は、
こうして進めるあなたを咎めることができません。
(アントーニオに)あなたは、この男に命を握られている。そうですね。
アントーニオはい、この男の言い分では。
ポーシャ証文は認めますか。
アントーニオ認めます。
ポーシャならば、ユダヤ人が慈悲を示さなくてはなりません。
シャイロックどんな強制があって、そうせにゃならんのです。教えていただこう。
ポーシャ慈悲の本性は、強いられるものではありません。
それは天から降る優しい雨のように、
下なる地へ滴るもの——祝福は二重です。
与える者を祝福し、受ける者を祝福する。
慈悲は、力ある者にあってこそ最も力を発揮する。それは
玉座の君主に、王冠よりもよく似合う。
王笏が示すのは、この世の権力の力、
畏怖と威厳のしるしであり、
そこに王への恐れが宿っています。
だが慈悲は、その王笏の支配よりも高いところにある。
慈悲は王の心の中に王座を持つ、
それは神ご自身の徳なのです。
そして地上の権力が最も神に近づくのは、
慈悲が正義を和らげるときです。だからユダヤ人よ、
あなたの訴えは正義でも、考えてほしい、
正義の道を突き詰めれば、わたしたちの誰ひとり、
救いを見ることはないのです。わたしたちは慈悲を祈る——
その同じ祈りが、わたしたち皆に教えるのです、
慈悲の行いを施すことを。これだけのことを申したのは、
あなたの正義の訴えを、和らげてもらうため——
それでもあくまで求めるなら、この厳正なヴェニスの法廷は、
そこの商人に、判決を下さないわけにはいきません。
シャイロックわしの行いは、わしの頭に降りかかればよい。わしは法を求める、
この証文の定める科料と違約の代価を。
ポーシャあの方は、金を払うことはできないのですか。
バサーニオできます、わたしが代わって、この法廷で差し出します。
それも倍額を。それで足りなければ、
十倍にして払うと誓約しましょう、
かたにはこの両手を、この頭を、この心臓を——
それでも足りないというのなら、もはや明らかです、
悪意が誠意を踏みにじっているのだと。お願いします、
一度だけ、あなたの権威で法を曲げてください。
大きな正義を行うために、小さな不正を。
この残忍な悪魔の思いどおりにさせないでください。
ポーシャなりません。ヴェニスのいかなる権力にも、
定められた法令を変えることはできない。
それは先例として記録され、
同じ例にならって、数多くの過ちが
国へなだれ込むでしょう——なりません。
シャイロックダニエル様が裁きにおいでなすった。そうとも、ダニエル様だ。
おお、若く賢い裁判官どの、あなたを心から尊敬しますぞ。
ポーシャその証文を、見せていただけますか。
シャイロックこれです、恐れ多い博士どの、これでございます。
ポーシャシャイロック、元金の三倍が差し出されています。
シャイロック誓いだ、誓いだ。天に誓ってしまったのだ——
魂に偽誓の罪を負えとおっしゃるか。
いやだね、ヴェニスをくれてもだ。
ポーシャなるほど、この証文は期限切れです。
これによって、このユダヤ人は合法に
肉一ポンドを要求できる。切り取る場所は、
商人の心臓のいちばん近く。——慈悲を示しなさい。
三倍の金を受け取り、この証文を破らせなさい。
シャイロック証文の文言どおりに支払いが済んだらな。
あなたは立派な裁判官とお見受けした。
法をご存じだ、いまのご説明も、
まことに正確だった——法の名において、お願いする、
あなたはその法を支える立派な柱だ、
判決を進めていただこう。わが魂にかけて誓うが、
人間の舌にどんな力があろうと、
わしの心は変えられん。証文の上に、わしは立つ。
アントーニオ心から法廷にお願いします、
判決を下してください。
ポーシャよろしい、では、こうです——
胸を開いて、あの男のナイフを受ける支度をなさい。
シャイロックおお、気高い裁判官。おお、見上げた若者だ。
ポーシャ法の意図も目的も、
この証文の上で満期になっている科料と、
完全に一致していますから。
シャイロックまったくそのとおり。おお、賢く、まっすぐな裁判官。
見た目より、なんと年功を積んでおられることか。
ポーシャですから、胸をはだけなさい。
シャイロックそう、胸だ——
証文にそう書いてある。そうでしょう、気高い裁判官どの。
「心臓のいちばん近く」——一言一句、このとおりだ。
ポーシャそのとおりです。肉を量る秤は、
ここにありますか。
シャイロック用意してございます。
ポーシャシャイロック、あなたの費用で、外科医を呼んでおきなさい、
傷口を塞ぐために。出血で死んではいけない。
シャイロック証文に、そう明記してありますかな。
ポーシャ明記はされていません。だが、それがどうしたのです。
慈善のために、それくらいはするのがよいでしょう。
シャイロック見当たりませんな。証文には書いてない。
ポーシャそこの商人、何か言い残すことは。
アントーニオほとんどありません。覚悟はでき、支度も済んでいます。
手をくれ、バサーニオ。達者でな。
おまえのためにこうなったことを、悲しまないでくれ。
運命の女神は、いつになく親切なところを
見せてくれたのだ。落ちぶれた男を財産より長生きさせて、
うつろな目と皺の寄った額で、
貧しい老年を眺めさせるのが、あの女神のいつもの流儀——
その惨めさの、長引く責め苦から、
わたしを切り離してくれるのだから。
おまえの立派な奥方に、よろしく伝えてくれ。
アントーニオの最期の顛末を話してくれ。
わたしがどれほどおまえを愛したか語り、死んだわたしを良く言ってくれ。
そして話が終わったら、奥方に判じてもらえ、
バサーニオにはかつて、確かに彼を愛した友がいたかどうかを。
おまえは友を失うことだけを悔やんでくれれば、それでいい。
友は、おまえの借金を払うことを悔やんではいない——
あのユダヤ人が十分深く切ってくれさえすれば、
心臓のありったけで、すぐにも払ってみせるさ。
バサーニオアントーニオ、俺には妻がいる、
命そのものと同じくらい大切な妻だ。
だが命そのものも、妻も、この全世界も、
俺にとって、おまえの命より重くはない。
何もかも失ってもいい、そうだ、何もかも
この悪魔に生贄として差し出してもいい、おまえを救えるなら。
ポーシャその申し出、奥方がそばで聞いていたら、
ろくな感謝はしてくれないでしょうね。
グラシアーノわたしにも妻がいる、誓って、愛する妻が——
だがいっそ天国にいてくれたらと思いますよ。天の力に
すがって、この犬畜生のユダヤ人の心を変えてもらえるならね。
ネリッサ奥方の留守中の申し出で、ようございました。
でなければ、その願い、家庭に嵐を呼びますよ。
シャイロックこれがキリスト教徒の亭主どもだ。わしには娘がひとりいるが——
バラバの血筋の者が婿になってくれたほうが、
キリスト教徒よりよほどましだったわ。
シャイロック時間の無駄だ。頼む、判決を進めていただこう。
ポーシャあの商人の肉一ポンドは、あなたのものです。
当法廷がそれを認め、法がそれを与える。
シャイロックなんと公正な裁判官だ。
ポーシャそしてあなたは、その肉を彼の胸から切り取らねばならない。
法がそれを許し、当法廷がそれを認める。
シャイロックなんと学識ある裁判官だ。これが判決だ。さあ、覚悟しろ。
ポーシャしばらく待ちなさい。まだ、あるのです。
この証文は、血については一滴も、あなたに与えていない。
文言は、はっきりこうです——「肉一ポンド」——
ならば証文どおりに、肉一ポンドを取るがいい。
ただし、切り取るにあたって、キリスト教徒の血を
一滴でも流せば、あなたの土地も財産も、
ヴェニスの法により、没収され、
ヴェニス国庫のものとなる。
グラシアーノおお、まっすぐな裁判官だ。——聞いたか、ユダヤ人。——おお、学識ある裁判官だ。
シャイロックそれが、法ですと?
ポーシャ条文は自分の目で確かめるがいい。
あなたが正義を強く求めた以上、安心なさい、
あなたは正義を手にする、望んだ以上の正義をね。
グラシアーノおお、学識ある裁判官だ。——聞いたか、ユダヤ人。学識ある裁判官だぞ。
シャイロックでは、さっきの申し出を受けよう——証文の三倍を払ってもらって、
あのキリスト教徒は放免だ。
バサーニオ金ならここに。
ポーシャ待ちなさい。
このユダヤ人には、あくまで正義を与えます。待ちなさい、急がずに——
科料そのもののほかは、何も与えません。
グラシアーノおお、ユダヤ人。まっすぐな裁判官、学識ある裁判官だ。
シャイロックそれゆえ、肉を切り取る支度をなさい。
血は流すな。そして切るのは、多くも少なくもなく、
きっかり一ポンドの肉——もし一ポンドより多く、
あるいは少なく切れば、それがたとえ、
目方を一分でも軽く、重くするだけであろうと、
たとえ哀れな一スクループルの
二十分の一の、そのまた端数であろうと——いや、秤が
髪の毛一筋ぶんでも傾けば、
あなたは死刑、全財産は没収です。
グラシアーノダニエルの再来だ、ダニエル様だぞ、ユダヤ人。
さあ異教徒、これでこっちが優勢だ。
ポーシャなぜユダヤ人は手を止めているのです。科料を取りなさい。
シャイロック元金だけ返してもらって、帰らせていただこう。
バサーニオ用意はできている。ほら、ここに。
ポーシャこの男は、公開の法廷でそれを拒みました。
与えられるのは、正義と証文の中身だけです。
グラシアーノダニエル様だ、もう一度言うぞ、ダニエルの再来だ。
ありがとうよ、ユダヤ人、その言葉を教えてくれて。
シャイロック元金だけも、もらえんのですか。
ポーシャ与えられるのは科料だけ。
それも、取るならあなたの命がけです、ユダヤ人。
シャイロックなら、悪魔にでもくれてやれ、あの男の得になるなら。
これ以上、法廷に用はない。
ポーシャ待ちなさい、ユダヤ人。
法は、あなたをもうひとつ捕らえている。
ヴェニスの法にはこう定められています——
外国人が、直接または間接の企てによって、
市民の命を狙ったことが
立証された場合、
狙われた側は、その者の財産の半分を
差し押さえる。残りの半分は
国庫に納められる。
そして加害者の命は、公爵ただひとりの慈悲に委ねられ、
他の何者の声も容れられない。
あなたは今、まさにその立場にあると言わざるをえない。
なぜなら、明白な経過から明らかなとおり、
あなたは間接に、そして直接にも、
被告その人の命を
狙ったのですから。あなたはすでに、
先ほど述べた危険を、その身に招いている。
ひざまずいて、公爵の慈悲を乞いなさい。
グラシアーノ乞うんだな、首をくくる許しをいただけるようにと——
もっとも、財産は国に没収だから、
縄一本買う金も残っちゃいない。
だからおまえの首吊りは、国の費用でやってもらうしかないな。
公爵われらの心根の違いを見せてやろう。
命乞いをする前に、その命は許してやる。
財産の半分はアントーニオのもの、
残りの半分は国庫に納める——
だが、殊勝にふるまえば、罰金に減じてもよい。
ポーシャ国庫の分は、です。アントーニオの分は別です。
シャイロックいや、命も何も、みんな持って行ってくれ。許しなどいらん。
家を支える柱を持って行くなら、
家ごと持って行くのと同じこと。生きる手立てを
奪うなら、命を奪うのと同じことだ。
ポーシャアントーニオ、あなたはこの男に、どんな慈悲をかけられますか。
グラシアーノ縄を一本、ただでくれてやれ。あとは何も、頼むからやるな。
アントーニオ公爵閣下と法廷の皆様が、
財産の半分への罰金を、免じてくださるなら、
わたしは異存ありません。ただし、残りの半分は
わたしが預かって運用し、この男の死後、
先ごろこの男の娘を連れて逃げた紳士に、
そっくり渡すこと。
さらに条件がふたつ。この恩典と引き換えに、
この男はただちにキリスト教徒になること。
もうひとつは、いま持っているものすべてを、死後、
娘婿のロレンゾーと娘に贈ると、
この法廷で証書にすることです。
公爵そのとおりにさせよう。さもなくば、
先ほどここで申し渡した赦免は取り消す。
ポーシャ納得しましたか、ユダヤ人。どうです。
シャイロック納得、いたしました。
ポーシャ書記、贈与証書を作りなさい。
シャイロックお願いだ、ここから下がらせてもらいたい。
気分がすぐれんのです。証書は後から届けてくだされば、
署名しますから。
公爵下がってよい。だが、必ず署名せよ。
グラシアーノ洗礼式には、名付け親がふたりつくぞ——
俺が裁判官だったら、あと十人つけてやったがな、
洗礼盤じゃなく、絞首台へ連れて行く十二人をよ。
公爵博士どの、わが家で夕食を、ぜひ。
ポーシャまことに恐縮ですが、お許しください。
今夜のうちにパドヴァへ発たねばならず、
ただちに出立するのが本分でございます。
公爵お時間がないとは残念だ。
アントーニオ、この方に礼を尽くせよ。
わしの見るところ、おまえは大きな借りができたのだからな。
バサーニオこのうえなく立派なお方、あなたの知恵のおかげで、
わたしと友は今日、恐ろしい刑罰を
免れました。その御礼として、
ユダヤ人に払うはずだった三千ダカット、
ご厚意への謝礼に、喜んでお納めいただきたい。
アントーニオそのうえわたしどもは、いつまでも、
愛情と奉仕の借りを、あなたに負い続けます。
ポーシャ十分に満足した者は、十分に報酬を得た者です。
わたしは、あなたがたをお救いして満足しました。
ですからもう、十分に報酬をいただいたつもりです——
これほど欲のない気分だったことはありません。
またお会いしたときは、どうかお見知りおきを——
ご健勝を祈ります。これにて失礼。
バサーニオ先生、それでも、どうしてもお願いしたい。
何か記念の品を、謝礼ではなく、
われらの気持ちとしてお受け取りください。ふたつだけ、お願いします、
断らないでいただくことと、無礼をお許しいただくことです。
ポーシャそこまで言われては、折れましょう。
ポーシャその手袋をください、あなたの形見に着けましょう。
ポーシャそしてあなたの気持ちとして、その指輪をいただきます——
手を引っ込めないでください。これ以上は何も取りません。
お気持ちがあるなら、これを拒みはなさらないでしょう。
バサーニオこの指輪ですか。ああ、先生、これはつまらぬ品です。
こんなものを差し上げては、わたしの恥になります。
ポーシャそれ以外は、何もいただきません。
なぜか、それが欲しくなったのです。
バサーニオこれには、値打ち以上のわけがあるのです。
ヴェニス一高価な指輪をお贈りします、
お触れを出してでも探し出します——
これだけは、どうか、ご勘弁ください。
ポーシャなるほど、あなたは口先の申し出には気前がいい。
はじめに物乞いのやり方を教えておいて、今度は、
物乞いのあしらい方を教えてくださるわけだ。
バサーニオ先生、この指輪は妻がくれたものなのです。
はめてくれたとき、妻に誓わされました、
売りも、贈りも、失くしもしないと。
ポーシャその言い訳で、贈り物を出し惜しむ男は大勢います。
奥方が正気の方で、
わたしがこの指輪にどれほど値することをしたかご存じなら、
くださったからといって、いつまでも
恨みはなさらないでしょう。では、ご機嫌よう。
アントーニオバサーニオ、あの指輪は差し上げろ。
あの方の功績と、わたしの愛情とを、
奥方の言いつけと秤にかけてみてくれ。
バサーニオ行け、グラシアーノ、走って追いつけ。
指輪を渡して、できることなら、あの方を
アントーニオの家へお連れしろ。急げ、走れ。
バサーニオさあ、おまえとわたしも、すぐそちらへ向かおう。
そして明日の朝早く、ふたりして
ベルモントへ飛んで行くのだ。来い、アントーニオ。
