シラクサのアンティフォラス出会う人という人が、挨拶をしてくる、
まるでわたしが旧知の友ででもあるかのように。
そして誰も彼もが、わたしを名前で呼ぶのだ。
金を差し出す者もいれば、招いてくれる者もいる。
親切のお礼を言ってくる者もいれば、
商品の買い物を勧めてくる者もいる。
たった今も、仕立屋がわたしを店へ呼び込んで、
わたしのために仕入れたという絹地を見せた上、
ご丁寧に、体の寸法まで測っていった。
確かにこれは、まぼろしのたぶらかしだ。
この町には、ラップランドの魔法使いどもが住んでいるに違いない。
シラクサのドローミオ旦那様、お申しつけの金貨でございます。おや、あの新調の衣装をまとった老アダムの絵姿は、どうなさいました?
シラクサのアンティフォラス何の金貨だ? どこのアダムの話をしている?
シラクサのドローミオ楽園の番をしていたアダムではございません、牢屋の番をするアダムのほうで。放蕩息子のために屠られた仔牛の革を着込んで歩き回るあの男、悪い天使よろしく旦那様の後ろに付いて回って、ご自由をお捨てなさいと勧めた、あの男でございますよ。
シラクサのアンティフォラス何の話か、さっぱり分からん。
シラクサのドローミオお分かりになりませんか? なに、明白至極の一件で。低音弦楽器よろしく、革のケースに納まって歩くあの男。紳士がたがお疲れとみると、ぽんと肩を叩いて、ひと休み——ご休息を進呈するあの男。落ちぶれたお方を憐れんでは、丈夫で長持ちの牢屋着一式を差し上げるあの男。槍仕事はモリスの長槍にお任せで、自分は例の職杖一本で数々の手柄を立てる気でいる、あの男でございます。
シラクサのアンティフォラス何だ、警吏のことを言っているのか?
シラクサのドローミオさようで。証文の縛りの親方でございます。証文の絆を破ったお方には、もれなくお白洲への答弁をお届けする男。人間はみな寝床へ向かう途中とみえて、「よいご休息を!」とご挨拶なさる男でございます。
シラクサのアンティフォラスもういい、おまえの阿呆話こそ、そこで休息させておけ。今夜出る船はあるのか? 発てるのか?
シラクサのドローミオおや、旦那様、一時間も前にお伝えしたではありませんか、快速号が今夜出帆します、と。そうしたら旦那様が例の警吏に足止めされて、鈍足の平底船をお待ちになるはめになったので。ほら、お迎えの天使たち——身請け金にとお申しつけの天使金貨でございます。
シラクサのアンティフォラスこの男も気が乱れている。わたしも同じだ。
われらはここで、まぼろしの中をさまよっている。
どうか、恵み深い力よ、われらをここから救い出してくれ!
遊女これはこれは、ようこそ、アンティフォラスの旦那。
金細工師には、無事お会いになれたようですね。
それが、今日わたしに約束してくださった首飾り?
シラクサのアンティフォラスサタンよ、退け! 誘惑するな、と命じるぞ。
シラクサのドローミオ旦那様、こちらが「サタンの奥方」でいらっしゃいますか?
シラクサのアンティフォラスこれは悪魔だ。
シラクサのドローミオいえいえ、もっと悪うございます。こちらは悪魔のおっ母様で、そのお出ましの装いが、あだっぽい尻軽娘ときている。だからこそ娘どもは口癖に「神様、罰あて——焼き亡ぼしたまえ」と言うので。つまりその心は、「神様、わたしをあだな火遊び娘にしたまえ」。書物にもございます、あの手合いは光の天使の姿で人の前に現れる、と。光は火から出るもの、火は燃えるもの。ゆえに、火遊びのあだ娘も、触れれば火傷と決まっております。お近づきになりませんように。
遊女お供の方も旦那も、ずいぶんとご陽気なこと。
ご一緒にいらっしゃいません? うちで食事の仕直しでも?
シラクサのドローミオ旦那様、いらっしゃるなら、匙で頂く流動食をお覚悟なさい。でなければ、柄の長い匙のご注文を。
シラクサのアンティフォラスなぜだ、ドローミオ?
シラクサのドローミオ決まっております、悪魔と同じ鍋をつつくお方には、柄の長い匙が要る、と申しますから。
シラクサのアンティフォラス退け、夜叉め! 何が夕食の誘いだ。
おまえも、この町の連中も、そろいもそろって魔法使いだ。
去れ、消え失せろ、と呪文で命じるぞ。
遊女それなら、食事のときお預けした指輪を返してくださいな。
でなければ、ダイヤの代わりに約束してくださった首飾りを。
そうしたら帰ります、旦那、お邪魔はいたしません。
シラクサのドローミオ悪魔にも慎ましいのがいて、爪の切りくずだの、
藺草一本、髪一筋、血の一滴、ピン一本、
榛の実、さくらんぼの種だのをねだるだけ。
ところがこいつは欲張りで、金の鎖の首飾りとおいでなすった。
旦那様、お気を確かに。やってごらんなさい、
悪魔が鎖をじゃらつかせて、われらを震え上がらせるだけでございます。
遊女お願いします、旦那、指輪を。それが嫌なら首飾りを。
まさか、それを担ぎ取るおつもりではないでしょうね。
シラクサのアンティフォラス失せろ、魔女め! 来い、ドローミオ、行くぞ。
シラクサのドローミオ「高慢は身を滅ぼすぞ」と孔雀も申します。姐さん、身に覚えがおありでしょう。
遊女これで疑いなし、アンティフォラスは気が触れたんだわ。
でなければ、あんな恥さらしな振る舞いをするものですか。
あの人はわたしの指輪を持っている。四十ダカットの品よ。
その代わりに首飾りをくれると約束した。
それが今になって、どちらも知らぬ存ぜぬときた。
気が触れたと見立てる理由は、
今のあの逆上ぶりだけではないの。
今日の食事の席で聞かせてくれた、あの狂った話——
自分の家の戸に、自分が閉め出されたという話よ。
おおかた奥方は、発作をご存じだから、
わざと戸を閉ざして通さなかったのでしょう。
こうなったら、わたしの打つ手はひとつ。あの人の家へ駆けつけて、
奥方にこう言うの——ご亭主は気が狂って、
わたしの家に押し入って、力ずくで指輪を
奪っていきました、とね。この筋書きが一番。
四十ダカットは、諦めるには大金ですもの。
