グロスターどうだった、卿、市民どもは何と言っている?
バッキンガムそれが、聖母マリアに誓って、
市民どもは黙りこくって、ひと言も口をききません。
グロスターエドワードの子供たちが私生児だという話には触れたか?
バッキンガム触れましたとも。ルーシー夫人との婚約のことも、
フランスで代理人に結ばせた婚約のことも。
あの飽くことを知らぬ欲望の貪りぶり、
市民の女房たちへの手込めの数々、
些細なことへの暴虐ぶり。ご自身も私生児であること——
父君がフランスにおられた間に仕込まれた胤で、
顔立ちも公爵にはまるで似ていなかったこと。
その上で、あなた様の面差しを持ち出しました、
姿かたちも、心の気高さも、
父君の生き写しでいらっしゃるとね。
スコットランドでの戦勝の数々も並べ立てました、
戦時の軍紀、平時の知恵、
気前のよさ、御徳、麗しいご謙虚——
まことに、この用向きに使えるものは何ひとつ、
触れ残しも、おろそかにした話もございません。
そして弁舌が締めくくりにさしかかったところで、
祖国の幸いを愛する者は叫べと言ってやりました、
「神よリチャードを守りたまえ、イングランドの王を!」とね。
グロスターほう! それで連中は叫んだか?
バッキンガムそれが、とんでもない、ひと言も発しません。
物言わぬ彫像か、息をする石ころのように、
互いに顔を見合わせて、死人のように青ざめるばかり。
それを見て、わたしは連中を叱りつけ、
市長に尋ねました、この頑なな沈黙は何のつもりだと。
市長の答えはこうです、市民は記録官を通してでなければ、
話しかけられ慣れておりませんので、と。
そこで記録官に、わたしの話を繰り返させました。
「公爵はこう仰せです、公爵はこう申されました」と伝えるだけで、
自分の請け合いでは、ひと言も言いません。
それが終わると、わたしの手の者が数人、
広間の下手の隅で帽子を投げ上げ、
十人ばかりの声が叫びました、「リチャード王万歳!」
そこでわたしは、このわずかな声を足がかりに、
「ありがとう、市民諸君、友人諸君」と言ってやりました、
「この満場の喝采と愛情の叫びこそ、
諸君の賢明さと、リチャード様への敬愛の証」とね。
そこで話を切り上げて、引き上げてきた次第です。
グロスターなんという舌なしの木偶の坊どもだ! 口をきかなかっただと?
バッキンガムきかぬのです、誓って、閣下。
グロスターそれで、市長とその同役たちは来ないのか?
バッキンガム市長はすぐそこまで来ています。何かを恐れる素振りをなさい。
たってのお願いでなければ、お会いにならぬこと。
それから、いいですか、祈祷書を手にお持ちになって、
聖職者ふたりの間にお立ちなさい、閣下。
その土台の上に、わたしが聖歌の変奏を築き上げますから。
そして、われらの願いに、たやすく折れてはなりません。
生娘の役どころですよ。ひたすら「嫌」と答えながら、頂くのです。
グロスター行ってこよう。おまえが連中のために口説く弁が、
わたしが自分のために断る弁と同じ冴えなら、
間違いなく、この一件、めでたい実を結ぶだろうよ。
バッキンガムさあ、お早く、屋上へ! 市長が戸を叩いています。
バッキンガムようこそ、市長どの。わたしはここで、お預けを食っている身です。
公爵は、どうやら誰ともお会いにならぬようで。
バッキンガム公爵の家来が来た。どうだ、ケイツビー、
あの方は何と?
ケイツビー卿、あの方のお願いは、
明日か明後日に、改めてお越し願いたいとのこと。
ただ今は奥で、いとも尊い神父おふたりとともに、
神聖な瞑想に打ち込んでおいでです。
浮き世の用向きごときで、その聖なる勤めから
引き離されるのは、お心が動きませぬそうで。
バッキンガム戻ってくれ、ケイツビー、もう一度あの方のもとへ。
お伝えしろ——わたしと、市長と、市民の一同が、
重大な企図と、容易ならぬ大事について、
それも、われら万民の幸いに関わる用向きで、
閣下とご相談に上がったのだと。
ケイツビーそのとおりお伝えいたします、卿。
バッキンガムああ、諸君、この君主はエドワードとは違いますぞ!
みだらな昼寝椅子にごろごろ寝そべってはおられない、
ひざまずいて瞑想しておられるのです。
ふたり連れの遊び女と戯れてはおられない、
ふたりの深遠な神学者と黙想しておられるのです。
惰眠を貪って、怠けた体を太らせてはおられない、
祈りを捧げて、目覚めた魂を豊かにしておられるのです。
幸いなるかなイングランド、この慈悲深い君主が
その統治をお引き受けくださるものならば。
だが、正直、心配です、とてもご承知いただけそうにない。
市長なんとまあ、公爵がお断りになるなど、とんでもないことです!
バッキンガムそうなるのではと案じているのです。
バッキンガムどうだ、ケイツビー、ご主人は何と言われた?
ケイツビー卿、
あの方は訝っておられます、何のつもりで
これほど大勢の市民を集めて話をしにおいでか、
前もって何のお報せもなかったのに、と。
卿、よからぬ魂胆ではないかと、あの方は恐れておられます。
バッキンガム悲しいことだ、気高い従兄弟どのに、
よからぬ魂胆などと疑われるとは。
天に誓って、わたしは心からの敬愛をもって参ったのだ。
もう一度戻って、閣下にそうお伝えしてくれ。
バッキンガム信心深く敬虔な方々が、いったんロザリオの祈りを始めると、
そこから引き離すのはひと苦労。
熱誠こもる観想は、それほどに甘美なのです。
市長ご覧なさい、聖職者おふたりの間にお立ちだ!
バッキンガムキリスト者たる君主を支える、美徳の二本柱、
虚栄の淵への墜落を、防ぎ止める支えです。
それにご覧なさい、お手には祈祷書——
聖なる人と知れる、まことの飾りです。
誉れ高きプランタジネット、恵み深き君よ、
われらの願いに、御心を傾けたまえ。
そして、キリスト者の鑑たるご精進を
お妨げした罪を、お赦しください。
グロスター卿、そのような詫びは無用です。
むしろわたしのほうこそ、お詫びせねばならん、
神への勤めに夢中になるあまり、
友人たちへの応対をおろそかにしていました。
それはさておき、ご用向きは何でしょうな?
バッキンガムまさしく、天なる神のお喜びになること、
そして、統治者なきこの島の、善良な民すべての喜びとなることです。
グロスターはて、わたしは何か過ちを犯して、
市民の皆さんの目に、不快と映ったのではありませんかな。
それで、わたしの不心得を咎めにおいでになったのでは。
バッキンガムそのとおりです、閣下。ですから、どうかお願いです、
われらの懇願をお聞き入れの上、その過ちをお改めください!
グロスター改めずにいて、何のためにキリスト教国の空気を吸えましょう。
バッキンガムではお聞きください。あなた様の過ちとは、あの至高の座を、
威風堂々たる玉座を、ご先祖伝来の王笏の職を、
運命の定めたご身分を、生まれながらの当然のご権利を、
王家の血筋の栄光を、投げ捨てて、
穢れた血筋の腐敗にお任せになっていることです。
あなた様がこの眠たげな物思いの穏やかさに浸っておられる間に——
祖国のために、今ここでお目覚めいただきますが——
この気高い島は、あるべき手足を失い、
顔は汚名の傷痕に覆われ、
王家の幹には卑しい若木が接がれ、
今にも、見境ない忘却と暗い忘れ川の
呑み込む淵へ、突き落とされようとしています。
これを癒すために、心からお願い申し上げる、
どうか閣下ご自身が、この国の重責と
王たる統治をお引き受けくださいますように。
護国卿としてでも、代官、名代、
他人の利得のための卑しい番頭としてでもなく、
血から血へと受け継がれてきた、
生まれながらのご権利、あなたの帝国、あなた自身のものとして。
このために、市民たちと連れ立って——
あなた様を心から敬愛してやまぬ友人たちです——
その熱烈な後押しを受けて、
この正当な願いの筋を、わたしが申し上げに参りました。
グロスター黙って立ち去るのがよいのか、
それとも苦い言葉であなたがたを叱るのがよいのか、
わたしの身分にも、あなたがたの立場にも、どちらがふさわしいか分かりかねる。
答えなければ、あなたがたはこう思うかもしれん、
口のきけぬ野心が、黙ったまま、
王権の黄金の軛を担ぐことを承知したのだと——
あなたがたが愚かにも、わたしに負わせようとするその軛を。
かといって、この願いを叱れば——
わたしへの忠実な愛情がこもった願いだけに——
今度は逆に、友人たちを咎めることになる。
そこで、前者を避けるために口を開き、
かつ、口を開いて後者に陥らぬために、
はっきりと、このように答えましょう。
ご厚情には感謝します。だが、わたしには
それに値する徳がないゆえ、その過分な願いはご辞退したい。
第一に、よしんば障害がすべて取り払われ、
王冠へのわたしの道が平らかだったとしても——
熟した年貢として、生まれながらの権利として実るのだとしても——
わたしの心はかくも貧しく、
欠点はかくも大きく、かくも数多い。
大海に耐えられぬ小舟の身ですから、
偉大の座に就いて隠れ場を求め、
栄光の蒸気にむせて息絶えるよりは、
偉大そのものから身を隠すほうを選びます。
だが、ありがたいことに、わたしの出る幕はないのです。
出る幕があったとて、お役に立てることは少ない。
王家の木は、王家の実をわれらに残してくれました。
その実は、忍び足で過ぎる時に熟されて、
やがて堂々たる王者の座を立派に飾り、
その治世は、間違いなく、われらを幸せにしてくれましょう。
あなたがたがわたしに負わせようとするものは、あの方に。
あの方の幸運な星の権利と運勢なのですから。
神よ、わたしがそれをもぎ取るなど、あらせたもうな!
バッキンガム閣下、それはご良心の証。
だがその斟酌は、あれこれの事情をよくよく考え合わせれば、
細かすぎる、取るに足らぬものです。
エドワードは兄君の子だと仰せになる。
われらもそう申します。ただし、エドワードの正妻の子ではない。
なぜなら兄君は、まずルーシー夫人と婚約なさった——
その誓いの証人に、母君が今もご存命です——
その後には、代理人を立てて、
フランス王の妹君ボーナと婚約なさった。
このふたりを押しのけて割り込んだのが、あの哀れな請願人、
子だくさんの、気苦労にやつれた母親、
器量の盛りも傾いた、困窮の後家——
人生の午後もだいぶ回ったころおいに、
兄君の好色な目の獲物となり、戦利品となって、
そのお心の一番高い頂を誘い落とし、
卑しい堕落と、忌まわしい重婚に引きずり込んだのです。
その女との不義の床で、兄君は儲けられた、
世間の義理で「皇太子」と呼ばれる、あのエドワードをね。
もっと辛辣に論じ立てることもできますが、
ご存命のさる方への遠慮から、
舌には控えめの限度を設けておきましょう。
ですから、閣下、どうかその王者たるご身分に、
差し出されたこの誉れの贈り物をお受け取りください。
われらとこの国を祝福するためでないなら、せめて、
あなたの気高いご先祖の血筋を、乱れた時代の腐敗から
正統直系の流れへと、引き戻すために。
市長どうか、閣下、市民たちのお願いです。
バッキンガムお断りなさいますな、偉大な君よ、この差し出された愛を。
ケイツビーおお、皆を喜ばせてやってください、正当な願いのお聞き届けを!
グロスターああ、なぜこの心労の山を、わたしに積み上げようとなさる?
わたしは国政にも王位にも向かぬ人間です。
お願いだ、悪く取らないでいただきたいが、
お受けすることは、できないし、するつもりもない。
バッキンガムお断りとあらば——愛情と真心から、
兄君のご子息たる幼子を廃するに忍びない、と。
よく存じていますとも、あなたの慈悲深いお心、
その優しい、情け深い、女性のように柔らかなご思慮は。
ご親族に対しても、いや、まことに、
あらゆる身分の者に対しても、等しくお示しのものだ——
だが、われらの願いをお受けになろうとなるまいと、
兄君のご子息が王としてわれらを治めることは、断じてない。
そのときは、誰か別の者を玉座に据えますぞ、
あなたのご一門の恥辱と没落を尻目にね。
この決意をお伝えして、これにて失礼——
行こう、市民諸君。ちくしょう! もう頼まん。
グロスターおお、誓いの罰当たりを口になさるな、バッキンガム卿。
ケイツビーお呼び戻しなさいませ、閣下、そして願いをお受けなさい。
別の者どうか、閣下。さもないと、国中が泣きを見ることになります。
グロスターこのわたしに、心労の海を無理強いしようというのか?
仕方ない、呼び戻せ。わたしとて石でできてはおらん。
心づくしの説得は、心に沁みる。
わたしの良心と魂には、背くことではあるがな。
グロスターバッキンガムの従兄弟どの、それに、思慮深い年配の方々、
どうあっても運命をわたしの背に括りつけ、
否も応もなく、その荷を負わせようとおっしゃるなら、
忍耐をもって、この重荷に耐えるほかありますまい。
だが、黒い醜聞や、面憎い非難が、
あなたがたの押しつけの後始末としてついて来るなら、
この無理強いをされたという一事が、
その穢れた染みや汚点のすべてから、わたしの申し開きになりますぞ。
神はご存じだ、あなたがたも半ばはお分かりのはず、
わたしがどれほど、王位への望みから遠い人間かは。
市長神のご加護を! よく分かっております、そう申し伝えもいたします。
グロスターそう申されるなら、あなたはただ真実を語ることになるだけです。
バッキンガムそれではわたしは、この王者の称号をもってご挨拶申し上げる。
リチャード万歳、イングランドの王万歳!
市長と市民たちアーメン。
バッキンガム明日、戴冠式を挙げていただけましょうか?
グロスターお好きな日になさい、そうまで仰せなのだから。
バッキンガムそれでは明日、お迎えに上がります。
このうえない喜びをもって、これにて失礼いたします。
グロスターさあ、われらは聖なる勤めに戻るとしよう。
ごきげんよう、従兄弟どの。ごきげんよう、親愛なる皆さん。
