サラーニオそれで、リアルトで何か新しい噂は。
サラリーノまだ打ち消されずに流れている話だが、アントニオの荷を満載した船が、あの狭い海峡で難破したそうだ。グッドウィンズとかいう場所らしい。実に危険な浅瀬で、命取りの場所だ。堂々たる船の残骸が、数え切れないほど埋まっていると言うぜ——もっとも、噂という名のおしゃべり女が、言葉に嘘のない正直者ならの話だがな。
サラーニオその話に限っては、あの女が大嘘つきのおしゃべりだったらいいんだが。生姜を齧るふりをしたり、三人目の亭主に死なれて泣いたと近所に信じ込ませたりする婆さんなみのな。だが本当なんだ、くどくど回り道をせず、話の本街道をまっすぐ行けば——あの善良なアントニオが、正直者のアントニオが——ああ、あの名前に釣り合うだけの立派な肩書きがあればいいのに——
サラリーノおいおい、結論を言え。
サラーニオん? 何だって? つまり、結論はだ、あの男は船を一艘失った。
サラリーノそれが損失の結末であってくれればいいが。
サラーニオ早いところ「アーメン」と言わせてくれ、悪魔に祈りの邪魔をされないうちにな。ほら、そこへ悪魔がユダヤ人の姿でやって来た。
サラーニオやあ、シャイロック。商人仲間で何か噂は。
シャイロック知っているだろう、あんたたちほどよく知っている者はいないはずだ、わしの娘の駆け落ちを。
サラリーノそりゃ確かだ。俺なんぞ、あの娘が飛び立つのに使った翼を仕立てた仕立屋を知ってるぜ。
サラーニオそしてシャイロックのほうも、雛の羽根が生え揃ったことは知っていたわけだ。羽根が揃えば親鳥のもとを飛び立つ、それがみんなの性分ってものさ。
シャイロックあの娘は、そのために地獄堕ちだ。
サラーニオそりゃ確かだ、裁くのが悪魔ならな。
シャイロックわしの血と肉が、このわしに背くとは。
サラーニオおいおい、くたばりぞこないの古肉め。その歳で肉が背くのか。
シャイロックわしが言うのは、娘がわしの血と肉だということだ。
サラリーノあんたの肉とあの娘の肉じゃ、黒玉と象牙ほども違う。血だって、赤葡萄酒と白のライン酒ほど違うぜ。それより聞かせてくれ、アントニオが海で損をしたとかしないとか、何か耳にしてないか。
シャイロックあれもまた、わしにとっては大はずれの取引よ。破産者、放蕩者、もうリアルトに顔を出す度胸もあるまい。乞食め、いつもは澄ました顔で市場に出て来おって。証文を忘れるなよ。わしを高利貸しと呼び続けた男だ。証文を忘れるなよ。キリスト教徒の親切とやらで、利子も取らずに金を貸し続けた男だ。証文を忘れるなよ。
サラリーノおいおい、たとえ期限を破ったって、まさか肉を切り取りはしないだろう。そんなもの、何の役に立つ。
シャイロック魚を釣る餌にするさ。ほかに何の腹の足しにならなくても、わしの復讐の腹は満たしてくれる。あの男はわしに恥をかかせ、五十万は儲け損なわせた。わしの損を笑い、わしの儲けを嘲り、わしの民族を蔑み、わしの商談を邪魔し、わしの友を冷めさせ、わしの敵を焚きつけた。その理由は何だ? わしがユダヤ人だからだ。ユダヤ人には目がないのか。ユダヤ人には手がないのか、五臓六腑が、五体が、感覚が、情愛が、激情がないのか。キリスト教徒と同じ食べ物を食べ、同じ武器で傷つき、同じ病気にかかり、同じ手当てで癒え、同じ冬と夏に凍え、また汗をかくのではないのか。針で刺されて、わしらは血を流さないか。くすぐられて、笑わないか。毒を盛られて、死なないか。そして、不正を加えられて、復讐しないでいられるか。ほかのすべてであんたたちと同じなら、その点でもそっくり同じにしてみせる。ユダヤ人がキリスト教徒に不正を働いたら、あんたたちの言う謙虚とやらはどう出る? 復讐だ。キリスト教徒がユダヤ人に不正を働いたら、キリスト教徒の手本に倣えば、ユダヤ人の忍耐はどうすればいい? なに、復讐よ。あんたたちが教えてくれた悪行を、わしは実行してみせる。そして、よほどのことがない限り、教わった手本を上回ってみせるぞ。
召使い旦那様がた、主人のアントニオが屋敷におりまして、お二方にお話ししたいと申しております。
サラリーノこっちはあちこち探し回っていたんだ。
サラーニオほら、同族がもうひとりやって来た。三人目は探しても見つからんぞ、悪魔自身がユダヤ人にでもならん限りな。
シャイロックどうだった、テューバル。ジェノヴァの知らせは。娘は見つかったか。
テューバル噂を聞いた場所には何度も行き当たったのですが、本人はどうしても見つかりません。
シャイロックああ、なんてことだ、なんてことだ。ダイヤモンドが消えた、フランクフルトで二千ダカットも払った石が。呪いというものが、わしらの民族に落ちたことは今まで一度もなかった。わしも今まで感じたことがなかった。あれだけで二千ダカット、ほかにも高価な、高価な宝石の数々。いっそ娘がわしの足元で死んでいてくれたら、耳にあの宝石をつけたままで。いっそ娘がわしの足元で棺に納まっていてくれたら、ダカット金貨を棺に入れたままで。ふたりの消息はまるでなしか。ああ、そうかい。おまけに捜索にいくら使ったかも分からん。ええい、損の上にまた損だ。泥棒はたんまり持ち逃げし、その泥棒を探すのにまたたんまり。それで気は晴れず、復讐もできず。動き出す不運という不運は、みなわしの肩に降りかかる。ため息といえばわしの吐くため息、涙といえばわしの流す涙ばかりだ。
テューバルいえ、不運な男はほかにもいますよ。アントニオが、ジェノヴァで聞いた話では——
シャイロック何だ、何だ、何だ。不運か、不運か。
テューバルトリポリスからの帰り道、大型商船を一艘難破させたそうです。
シャイロック神様ありがたい、神様ありがたい。本当か、本当か。
テューバル難破から逃げのびた水夫の何人かと、直に話しました。
シャイロックありがとうよ、テューバル。良い知らせだ、良い知らせだ。は、は。どこでだ、ジェノヴァでか。
テューバルあなたの娘さんはジェノヴァで、聞いた話では、一晩に八十ダカット使ったそうで。
シャイロックおまえはわしに短刀を突き立てる。わしの金貨は二度と戻らん。ひと座りで八十ダカット。八十ダカットだと。
テューバルアントニオの債権者が何人か、わたしと道連れでヴェニスへ参りましたが、あの男はもう破産するしかないと口を揃えていました。
シャイロックそれは実に嬉しい。痛めつけてやる、責めさいなんでやる。嬉しいことだ。
テューバルそのひとりが指輪を見せてくれました。あなたの娘さんから、猿一匹と引き換えに手に入れたそうで。
シャイロックあの罰当たりめ。おまえはわしを責めさいなむな、テューバル。あれはわしのトルコ石だ。独り身の頃、リアからもらったものだ。猿が荒野いっぱいに詰まっていようと、あれだけは手放さなかったものを。
テューバルしかし、アントニオが破滅するのは確かです。
シャイロックそうだ、それは本当だ、まったく本当だ。行ってくれ、テューバル、執行吏をひとり雇っておいてくれ。二週間前から予約しておくのだ。期限を破ったら、あの男の心臓をもらう。あの男さえヴェニスからいなくなれば、わしは好きなように商売ができるのだ。行け、行け、テューバル。落ち合うのはわしらのシナゴーグだぞ。行ってくれ、良いテューバル。わしらのシナゴーグでな、テューバル。
