シーザー(占い師に。)三月十五日は来たぞ。
占い師はい、シーザー。ですが、まだ過ぎてはおりません。
アーテミドーラスシーザー万歳。この書付をお読みください。
ディーシアストレボーニアスの願いでございます。お手すきの折に、
この者のつつましい嘆願書に、お目通しくださいますよう。
アーテミドーラスおお、シーザー、まず私のものをお読みください。私の願いのほうが、
シーザーの御身に深く関わりまする。お読みください、偉大なシーザー。
シーザーわれら自身に関わるものは、一番後回しでよい。
アーテミドーラス先送りなさいますな、シーザー。今すぐお読みください。
シーザー何だ、この男は気でも狂れたか。
パブリアスこれ、道を空けぬか。
キャシアス何ごとだ、往来で嘆願を押しつけるとは。
議事堂へ参れ。
ポピリアス今日の企てが、うまく行かれますように。
キャシアス企てとは、何のことです、ポピリアス。
ポピリアスでは、ご機嫌よう。
ブルータスポピリアス・レナは何と言ったのだ。
キャシアス今日のわれらの企てがうまく行くように、と。
たくらみが漏れたのではないかと心配だ。
ブルータス見ろ、シーザーのほうへ寄って行く。目を離すな。
キャシアスキャスカ、手早くやれ。妨げが入るのが怖い。
ブルータス、どうする。事が知れているのなら、
キャシアスかシーザーか、どちらかは生きて帰らんぞ。
俺は自害してみせる。
ブルータスキャシアス、落ち着け。
ポピリアス・レナが話しているのは、われらの企てのことではない。
見ろ、あの笑顔を。シーザーの顔色も変わっておらん。
キャシアストレボーニアスは、頃合いを心得ている。ほら、見ろ、ブルータス、
マーク・アントニーを脇へ連れ出して行くぞ。
ディーシアスメテラス・シンバーはどこだ。行かせろ、
今すぐシーザーに嘆願を差し出させるのだ。
ブルータス支度はできている。近くへ寄って、あれを助けろ。
シナキャスカ、最初に手を挙げるのはおまえだぞ。
シーザー皆、揃ったか。さて、何の不都合を、
シーザーとその元老院が正さねばならんのだ。
メテラスいとも高く、いとも強く、いとも力あるシーザーよ、
メテラス・シンバーは、御座の前に投げ出しまする、
このへりくだる心を——
シーザーそれは止めておこう、シンバー。
そうした這いつくばりや、卑屈なお辞儀は、
並の男なら血を熱くもさせ、
先例の定めも、最初の裁決も、
子供の遊びの規則に変えてしまうかもしれん。だが、思い上がるな、
シーザーの血が、阿呆どもを溶かすもの——
つまり、甘い言葉や、腰を折り曲げたお辞儀や、
犬ころめいた卑しいへつらいで、本来の質から
溶かされるような、道を誤る血だと思うな。
おまえの弟は、裁決によって追放されたのだ。
その弟のために、屈み、祈り、へつらうのなら、
おまえを野良犬のように、蹴って道からどかすまでよ。
知っておけ——シーザーは不正はせん。理由なくして、
納得もせんのだ。
メテラス私の声より値打ちのある声はございませんか、
偉大なシーザーのお耳に、もっと甘く響いて、
追放された弟の赦免を願ってくれる声は。
ブルータスあなたの手に口づけします。ただし、へつらいではありませんぞ、シーザー。
願わくは、パブリアス・シンバーに、
即刻、追放を解いてやってくださるように。
シーザー何と、ブルータス、おまえまで。
キャシアスお赦しを、シーザー。シーザー、お赦しを。
御足元まで、このキャシアスは低く伏して、
パブリアス・シンバーの放免を願い上げまする。
シーザー私もほだされたかもしれん、私がおまえたちのようであればな。
祈って人を動かせる質なら、祈りに動かされもしよう。
だが、私は北極星のごとく不動だ。
あの星の、真に据わって動かぬ質に、
並ぶものは天空にひとつもない。
空には数えきれぬ火花が描かれて、
どれもみな火であり、ひとつひとつが輝いておる。
だが、おのれの座を守り通すのは、全天でただひとつ。
この世も同じこと。世界には人が満ちて、
人は血肉であり、心で感じるものを持つ。
だが、その数の中で、私はただひとりしか知らん、
何ものにも冒されず、おのれの位を保ち、
どんな動きにも揺るがぬ者をな。それがこの私であることを、
このささやかな一事でも示しておこう——
シンバーを追放すべしと決めたときも不動であり、
そのままにしておくことにおいても、不動である、と。
シナおお、シーザー——
シーザー去れ。オリンポスの山でも持ち上げる気か。
ディーシアス偉大なシーザー——
シーザーブルータスのひざまずきさえ、無駄だったのが分からんか。
キャスカなら、手よ、俺の代わりに物を言え!
シーザーブルータス、おまえもか! ならば倒れろ、シーザー。
シナ自由だ! 解放だ! 圧制は死んだぞ!
走れ、触れて回れ、街々で叫ぶのだ。
キャシアス何人かは民衆の演壇へ行って、叫んでくれ、
「自由、解放、市民の権利」と。
ブルータス市民の皆さん、元老の方々、恐れることはない。
逃げるな、そこを動くな。野心の借りが払われた、それだけのことだ。
キャスカ演壇へ行ってくれ、ブルータス。
ディーシアスキャシアスも。
ブルータスパブリアスはどこだ。
シナここに。この騒乱に、すっかり気が動転しておられる。
メテラス固まって立て。シーザーの息のかかった誰かが、
万一——
ブルータス立ち向かう話はよせ。——パブリアス、気を確かに。
あなたの御身を害する気は毛頭ない。
ほかのどのローマ人も同じこと。そう皆に伝えてくだされ、パブリアス。
キャシアスそして、ここを離れてくだされ、パブリアス。民衆がわれらへ
押し寄せて、御老体に怪我でもさせては いかんのでな。
ブルータスそうなさい。この仕業の責めは、誰にも負わせん、
やったわれらのほかには。
キャシアスアントニーはどこだ。
トレボーニアス仰天して屋敷へ逃げた。
男も、女房も、子供らも、目を見開き、泣き叫んで走り回っている、
この世の終わりが来たかのようだ。
ブルータス運命よ、おまえたちの思し召しを聞かせてもらおう。
死ぬことは、分かっている。人がこだわるのは、
その時期と、日延ばしの長さだけのことだ。
キャシアスなに、人生を二十年切り詰める者は、
死を恐れる年月を、二十年切り詰めるのさ。
ブルータスそう認めれば、死は恵みだ。
それならわれらはシーザーの友ということになる、あの男の
死を恐れる年月を、切り詰めてやったのだからな。屈め、ローマ人よ、屈むのだ。
われらの手を、シーザーの血で洗おう、
肘まで浸して、剣にも血を塗り込めよう。
そして、そのまま歩み出るのだ、市場の広場まで。
真っ赤な得物を頭上に振りかざして、
みなで叫ぼう、「平和、解放、自由」と。
キャシアスでは屈んで、洗え。この先、いくつの時代を越えて、
われらのこの崇高な一場が、繰り返し演じられることか、
まだ生まれぬ国々で、まだ知られぬ言葉によって。
ブルータス幾たび、シーザーは芝居の中で血を流すことか、
今はポンペイの像の台座のもとに、
塵ほどの値打ちもなく横たわっているこの男が。
キャシアスそれが演じられるたび、
われらのこの一団は、こう呼ばれるのだ——
祖国に自由を与えた男たち、と。
ディーシアスさあ、出て行くか。
キャシアスああ、ひとり残らず行こう。
ブルータスが先頭だ。その踵を、われら、
ローマで最も大胆で優れた心臓たちが飾って続こう。
ブルータス待て。誰か来るぞ。アントニーの身内の者だ。
従者このとおり、ブルータス様、主人が私に、ひざまずけと申しました。
このとおり、マーク・アントニーが、平伏せよと申しました。
そして、地に伏したまま、こう申し上げよと——
ブルータスは気高く、賢く、勇敢で、正直なお方。
シーザーは強大で、大胆で、王者らしく、情の深いお方だった。
ブルータスを愛し、敬っていると伝えよ。
シーザーを恐れ、敬い、愛していたと伝えよ。
もしブルータスが、アントニーの身の安全を請け合って、
お会いくださり、シーザーがなぜ死に値したのか、
得心のいくよう説いてくださるのなら、
マーク・アントニーは、死んだシーザーよりも、
生きたブルータスを深く愛し、気高いブルータスの
運命と大義に付き従いましょう、
この先の見えぬ乱世の危難を通して、
まことの忠信をもって。——主人アントニーは、このように申しております。
ブルータスおまえの主人は、賢く勇敢なローマ人だ。
私は一度も、それより低く見たことはない。
伝えてくれ。この場所へおいでくださるなら、
得心のいくようにお話ししよう。そして、わが名誉にかけて、
指一本触れさせずにお帰しする、と。
従者ただちにお連れいたします。
ブルータスあの人は、きっと良い味方になってくれる。
キャシアスそう願いたい。だが、俺の心の中には、
あの男をひどく恐れる気持ちがある。そして俺の悪い予感は、
いつも図星に、ぐさりと当たるのだ。
ブルータスおお、アントニーが来た。
ブルータスようこそ、マーク・アントニー。
アントニーおお、偉大なシーザー。そんなに低く横たわっておられるのか。
あなたの征服も、栄光も、凱旋も、戦利品も、みな、
この小さな寸法に縮んでしまったのか。——さらばです。
方々、あなたがたのお考えは知らぬ。
ほかに誰の血を流さねばならんのか、誰が膿んで邪魔なのか。
もしこの私だというのなら、シーザーの死んだこの時ほど、
ふさわしい時はない。道具とて、
世界中で最も気高い血で豊かに染まった、
あなたがたのその剣の、半分の値打ちのものもない。
お願いする。私を憎んでおられるのなら、
その紫に染まった手が、湯気を立てて煙っている今のうちに、
存分になさるがいい。千年生きようとも、
今ほど死に頃合いの自分には出会えまい。
これほど心にかなう場所も、死に方もない——
ここで、シーザーの傍らで、あなたがたの手にかかること以上には。
この時代の、選び抜かれた第一等の精神たちの手に。
ブルータスおお、アントニー、われらに死を乞われるな。
今のわれらは、血まみれで残忍に見えるに違いない。
この手と、今なしたこの仕業を見れば、
そう見えるのも当然のこと。だが、あなたの見ているのは手だけだ、
そして、この手のやってのけた、血を流す仕事だけ。
心は見えておられまい。われらの心は、憐れみに満ちている。
ローマ全体の受けた不正への憐れみが——
火が火を追い出すように、憐れみは憐れみを追い出すのだ——
シーザーへのこの仕業をなしたのだ。あなたに対しては、
われらの剣は、鉛の切っ先も同然ですぞ、マーク・アントニー。
われらの腕は、憎しみの力を抑えて、われらの心は、
兄弟の情をもって、あなたを迎え入れる、
ありったけの好意と、善意と、敬意をもって。
キャシアスあなたの発言権は、誰にも劣らず重んじられよう、
新しい官位の割り振りにおいてもな。
ブルータスただ、しばし待ってくだされ。恐怖で我を忘れている
民衆を、まずなだめてから、
その訳をお話ししよう——シーザーを刺したその瞬間も、
シーザーを愛していたこの私が、なぜこのような挙に
及んだのかを。
アントニーあなたがたの分別を疑いはしない。
それぞれ、血まみれの手を私に握らせてもらおう。
まず、マーカス・ブルータス、あなたと握手を。
次に、カイアス・キャシアス、あなたの手を取ろう。
さて、ディーシアス・ブルータス、あなたのを。あなたのも、メテラス。
シナ、あなたのも。それに、わが勇敢なキャスカ、あなたのも。
最後だが、愛においては最後でないぞ、良きトレボーニアス、あなたのも。
方々、みな——ああ、何と言えばよいのか。
今の私の信用は、あまりに滑りやすい地面に立っていて、
あなたがたには、ふたつの悪い見方のどちらかしかあるまい——
臆病者か、へつらい者か。
シーザー、あなたを愛していた、おお、それはまことだ。
あなたの霊が、今われらを見下ろしているのなら、
あなたの死よりも深く、あなたを嘆かせはしないだろうか——
あなたのアントニーが、和睦を結び、
あなたの敵どもの血まみれの指を握るさまを見ることは。
この上なく気高いお方よ、あなたの亡骸の前で。
あなたの傷の数だけ私に目があって、
あなたの血の流れ出る速さで涙を流すほうが、
あなたの敵どもと、友誼の言葉で
結ばれるよりも、よほど私に似合いだ。
許してくれ、ジュリアス。——勇敢な牡鹿よ、あなたはここで追い詰められた。
ここで倒れた。そして、ここに狩人たちが立っている、
あなたという獲物の印を身につけ、あなたの流した忘れ川で真紅に染まって。
おお、世界よ、おまえはこの牡鹿の棲む森だった。
そしてこの牡鹿こそ、おお、世界よ、まことにおまえの心臓だった。
なんと、多くの君侯に射抜かれた鹿さながらに、
あなたはここに横たわっていることか。
キャシアスマーク・アントニー——
アントニー許されよ、カイアス・キャシアス。
これくらいのことは、シーザーの敵でも言うはず。
なら、友の口から出るのは、冷静な控えめというものだ。
キャシアスシーザーをそう讃えることを、責めはしない。
だが、われらとは、どういう取り決めをなさるおつもりか。
われらの友の頭数に、名を書き込まれるか。
それとも、あなたを当てにせず、われらだけで進むか。
アントニーだからこそ、あなたがたの手を握ったのだ。ただ、実のところ、
シーザーを見下ろして、話が横道に逸れた。
私はあなたがた全員の友だ。全員を愛そう。
ただし、ひとつの望みがある——訳を聞かせてもらいたい、
なぜ、どこが、シーザーは危険だったのかを。
ブルータスそれがなければ、これはただの野蛮な見世物だ。
われらの訳は、充分に理にかなったもの。
たとえあなたが、アントニー、シーザーの息子であっても、
得心されるはずのものですぞ。
アントニー私の望みは、それだけだ。
そのうえで、もうひとつ願いたい。あの亡骸を、
市場の広場へ運び出させてもらいたい。
そして演壇から、友にふさわしく、
葬儀の式次第の中で、弔いの言葉を述べさせてもらいたい。
ブルータスよろしい、マーク・アントニー。
キャシアスブルータス、ひと言。
キャシアス自分が何をしているのか、分かっていないぞ。承知するな、
アントニーに葬儀で喋らせるなど。
分かっているのか、あの男の語ることで、
民衆がどれほど動かされるか。
ブルータスまあ、許せ。
私が先に演壇へ立ち、
われらのシーザーの死の道理を示しておく。
アントニーの語ることは、われらの許しと
認めのもとで語るのだと、私から断っておこう。
それに、シーザーがしかるべき儀式と正当な祭礼のすべてを
受けることは、われらの本意だともな。
これは、われらの損より得になるはずだ。
キャシアス何が起こるか分からん。俺は気に入らんぞ。
ブルータスマーク・アントニー、さあ、シーザーの亡骸を頼む。
弔いの演説で、われらを責めてはならんぞ。
シーザーについては、思いつく限りの良いことを語ってよい。
ただし、われらの許しのもとでそうしているのだと言うこと。
さもなければ、葬儀には一切、
手を出させん。そして、あなたが喋るのは、
私がこれから立つのと同じ演壇で、
私の演説が終わってからだ。
アントニーそれでよい。
それ以上は望まない。
ブルータスでは、亡骸の支度をして、ついて来られよ。
アントニーおお、許してくれ、血を流す大地のかけらよ、
この人殺しどもに、おとなしく穏やかにしている私を。
あなたは、時の流れの中に生きた、
最も気高い男の廃墟だ。
災いあれ、この高価な血を流した手に。
あなたの傷の上で、いま私は預言する——
その傷たちは、物言わぬ口さながらに、赤い唇を開いて、
私の舌の声と言葉を乞うている——
人間どもの五体の上に、呪いが降りかかるだろう。
家々の憤怒と、荒れ狂う内乱が、
イタリアの隅々までを塞ぐだろう。
血と破壊があまりに日常のこととなり、
恐ろしい光景があまりに見慣れたものとなって、
母親たちは、わが子が戦の手で
四つ裂きにされるのを見ても、微笑むだけになるだろう。
憐れみという憐れみは、残虐の見慣れに窒息して。
そしてシーザーの霊が、復讐を求めてさまよい、
地獄から熱いままの女神アーテを傍らに従えて、
この国境の内で、王者の声を張り上げ、
「皆殺しにせよ」と叫んで、戦の犬どもの綱を放つのだ。
この汚らわしい仕業は、地の上に臭い立つだろう、
埋葬を求めて呻く、腐肉の男たちの臭いとともに。
アントニーおまえは、オクテーヴィアス・シーザーに仕える者だな。
従者さようでございます、マーク・アントニー様。
アントニーシーザーが、ローマへ来るようにと文を送っていた。
従者お手紙は受け取られ、道中においでです。
そして、口上でこう申し上げよと——
従者おお、シーザー様——
アントニー胸がいっぱいなのだな。あちらへ行って泣くがいい。
悲しみは伝染ると見える。私の目も、
おまえの目に浮かぶ悲しみの珠を見て、
潤みはじめた。主人は来られるのか。
従者今夜は、ローマまで七リーグのところにお泊まりです。
アントニー大急ぎで駆け戻って、起きたことを伝えろ。
ここは喪中のローマ、危険なローマ、
オクテーヴィアスには、まだ安全なローマではない。
急ぎ戻って、そう伝えるのだ。いや、しばし待て。
この亡骸を市場へ運び出すまで、
戻ってはならん。あの場で試してみるのだ、
私の演説によって、民衆がこの血まみれの男たちの
残酷な仕業をどう受け取るかを。
その首尾に応じて、おまえは若いオクテーヴィアスに、
ここの成り行きを語ってくれ。
手を貸せ。
