クレオパトラわたくしの寂寥が、かえって、
より良い生を作りはじめている。シーザーであることなど、みすぼらしいこと。
運命の女神その人でない限り、あの男も女神の下男、
女神の意向の召使いにすぎないのだから。偉大なのは、
ほかのすべての行いに終わりを打つ、あの行いをすること。
それは偶然に足枷をはめ、変転に閂を下ろす。
それは眠り、そして二度と、あの土くれの味を舌に載せない——
乞食をも、シーザーをも養う、この土くれの味を。
プロキュリーアスシーザーより、エジプトの女王にご挨拶を申し上げる。
そして仰せである——どのような正当な望みを
叶えてほしいのか、とくと考えておかれよ、と。
クレオパトラそなたの名は。
プロキュリーアスプロキュリーアスと申します。
クレオパトラアントニーが、
そなたのことを話していました。信じてよい男だと。けれど、
だまされたところで、大して気にもなりません、
信じることに、もう使い道のない身ですから。そなたの主人が、
女王を乞食にしたいのなら、伝えておくれ、
王者たる者、体面のために、
王国より小さいものは乞えないのだ、と。あの方が、
征服したエジプトを、わたくしの息子にくださるというのなら、
わたくし自身のものを返してくださるだけで、わたくしは
ひざまずいて感謝を捧げましょう。
プロキュリーアスご安心なされよ。
あなたが落ちたのは、王者の手の中。何も恐れることはない。
わが主君に、何なりと存分にお委ねなされ。
あの方の恵み深さは満ちあふれて、求めるすべての者の上に
流れかかるほど。あなたの素直なご恭順を、
わたしから言上いたそう。そうすればお分かりになる、
慈悲を乞われてひざまずかれれば、その相手への親切の後ろ盾を、
自分から探しに行かれる征服者だということが。
クレオパトラどうか伝えておくれ、
わたくしはあの方の運命の臣下であり、あの方が勝ち取った
偉大さを、あの方にお渡しします、と。わたくしは今、一時間ごとに、
服従という教義を学んでいます。できることなら、
じかにお顔を拝したいもの。
プロキュリーアスそのように言上いたします、女王様。
お心を安らかに。あなたの窮状は、それをもたらした
当のお方に、憐れまれているのですから。
ガラスご覧のとおり、造作なく不意を打てますぞ。
ガラスシーザーがおいでになるまで、警護せよ。
アイラス女王様!
チャーミアンおお、クレオパトラ様。捕らえられておしまいに。
クレオパトラ早く、早く、この手よ。
プロキュリーアスおやめなされ、尊いお方、おやめを。
御身にそのような不正を働かれるな。あなたは今、
救われたのであって、裏切られたのではない。
クレオパトラなんと、死からも救うというの、
飼い犬でさえ、患いから救い出してもらえる死からも。
プロキュリーアスクレオパトラ、
わが主君の寛容を、御身を損なうことで
踏みにじられますな。世界に見せてやってくだされ、
あの方の気高さが立派に演じられるところを。あなたが死んでは、
それが世に出ることもかないません。
クレオパトラ死よ、どこにいるの。
ここへおいで、おいで。さあ、女王をお取り、
赤子や乞食を何人分も合わせた値打ちの女王を。
プロキュリーアスおお、お鎮まりを、女王様。
クレオパトラいいこと、わたくしは肉を口にしません。水も飲みません。
くだらぬおしゃべりで時間が保つものなら、
眠りもしません。この死すべき肉の家を、壊してみせます、
シーザーが何をしようともね。心得ておきなさい、わたくしは、
翼を縛られて、そなたの主人の宮廷で侍りはしません。
愚鈍なオクテーヴィアの、澄ましたお目々に
たしなめられてやるのも御免です。わたくしを担ぎ上げて、
がなり立てるローマの下郎どもの見世物に
差し出そうというの? それくらいなら、エジプトの溝が
わたくしの優しいお墓になってくれたほうがいい。それくらいなら、ナイルの泥に
素っ裸で寝かされて、水の蠅どもに卵を産みつけられ、
見るもおぞましい姿にされたほうがいい。それくらいなら、
わが国の高いピラミッドを絞首台にして、
鎖でわたくしを吊るすがいい。
プロキュリーアスそれは、恐ろしい想像を
広げすぎというもの。シーザーの中に、
そのような種は見つかりませんぞ。
ドラベラプロキュリーアス、
そなたのしたことは、主君シーザーのお耳に入った。
お呼びだ。女王は、
わたしが警護を引き受ける。
プロキュリーアスああ、ドラベラ、
それが一番ありがたい。優しくして差し上げてくれ。
プロキュリーアスシーザーには、お望みのままを申し上げよう、
わたしをお使いくださるなら。
クレオパトラ伝えておくれ、死にたい、と。
ドラベラいとも気高い女帝よ、わたしの噂をお聞きになったことは。
クレオパトラ覚えていません。
ドラベラきっとご存じのはずです。
クレオパトラ聞いたか知っているかなど、どうでもよいこと。
そなたたちは、子供や女が夢の話をすると笑うでしょう。
それがそなたたちの癖ではなくて?
ドラベラ仰る意味が分かりかねます。
クレオパトラわたくしは夢を見たの——アントニーという皇帝がいた夢を。
ああ、もう一度あの眠りが来てくれたら、
もう一度あのような人に会えるのに。
ドラベラ恐れながら——
クレオパトラあの人の顔は、天空そのもの。そこには
太陽と月が掛かって、めぐりながら、
この小さな丸い玉——地球を照らしていた。
ドラベラいとも尊いお方——
クレオパトラあの人の両脚は大洋をまたぎ、振り上げた腕は、
世界の兜の前立てだった。あの人の声は、
調べ合わされた天球の音楽そのもの——それは友に向けたときのこと。
だが、ひとたび地球を震え上がらせようとすれば、
轟き渡る雷鳴だった。あの人の恵み深さには、
冬というものがなかった。刈り入れるほどに
実りを増す秋だった。あの人の楽しみは、
イルカのようだった——おのれの住む海の上へ、
背を躍り上がらせてみせたのだから。あの人の御仕着せをまとって、
王冠も小冠も歩き回り、王国も島々も、
あの人のポケットからこぼれ落ちる、銀貨のようなものだった。
ドラベラクレオパトラ様——
クレオパトラいたと思う? ありえたと思う? わたくしの夢に見たような、
そんな男の人が。
ドラベラ恐れながら、いなかったかと。
クレオパトラ嘘です、神々の耳に届くほどの大嘘。
けれど、もしいるのなら、かつていたのなら、
夢の寸法など超えたお方。自然には、空想と
不思議な形を競うだけの材料がない。それでも、アントニーを
思い描くことができたのなら、それこそ空想に対する自然の傑作——
まぼろしの絵姿を、そっくり黙らせる傑作でしょう。
ドラベラお聞きください、女王様。
あなたの失われたものは、あなた御自身と同じだけ大きい。そしてあなたは、
その重みに釣り合う受け止め方をしておられる。願いが叶わなくてもいい、
追い求める出世に、二度と追いつけなくてもいい——だが、確かに感じるのです、
あなたの悲しみの跳ね返りを受けて、この心臓の根までも
打ち砕く悲しみを。
クレオパトラありがとう。
ご存じですか、シーザーはわたくしをどうするつもりなのか。
ドラベラ知っていただきたいことながら、お伝えするのは忍びない。
クレオパトラいいえ、お願い、どうか——
ドラベラあの方は名誉を重んじる方ですが——
クレオパトラわたくしを凱旋の行列で引き回すのね?
ドラベラそうなさいます。わたしは知っています。
シーザーエジプトの女王とは、どれだ。
ドラベラ皇帝の御なりです、女王様。
シーザー立たれよ。ひざまずくには及ばん。
どうか、お立ちを。立たれよ、エジプトの女王。
クレオパトラ陛下、神々の
思し召しでございます。わが主君、わが君主に、
従わねばなりませんもの。
シーザーつらく考えられるな。
そなたがわれらに加えた傷の数々は、
わが肉に書き込まれてはいるが、
偶然の仕業と思って忘れよう。
クレオパトラ世界にただひとりの主よ、
わたくしには、おのれの申し開きを、明らかになるほど
上手には並べられません。ただ、白状いたします、わたくしも、
かねて女の身を幾度も辱めてきた、あの弱さの数々を、
背負っていたことを。
シーザークレオパトラ、心得ておかれよ、
われらは責め立てるより、軽くしてやりたいのだ。
わが意向に沿ってくれるなら——そなたへの意向は、
この上なく寛大なものだが——この運の変わり目にも、
得るものがあると分かるはず。だが、もし
アントニーの道をたどって、わしに残酷者の汚名を
着せようとするのなら、そなたはわしの善意を
おのれから奪い取り、子らを、
わしが守ってやるはずの破滅へ、突き落とすことになる。
では、これにて失礼しよう。
クレオパトラ世界中、どこへなりと。世界はあなた様のもの。そしてわたくしたちは、
あなた様の戦利の楯、征服のしるし。お好きな場所に、
掛けておかれるがよろしい。これを、わが君。
シーザークレオパトラのことは、すべてそなた自身の助言に従おう。
クレオパトラこれが、わたくしの所有する金銭、食器、宝石の
目録でございます。正確に値を付けて、
小さな品まで漏らしてはおりません。——セルーカスはどこ。
セルーカスここに、女王様。
クレオパトラわたくしの財務役です。この者に言わせてくださいまし、わが君、
偽れば身の破滅という誓いの上で——わたくしが自分のために
何ひとつ残していないことを。まことを申せ、セルーカス。
セルーカス女王様、
偽りを申して身を危うくするくらいなら、
唇を縫い合わせたほうがましでございます。
クレオパトラわたくしが、何を隠したというの。
セルーカスお示しになった全部を買い戻せるだけのものを。
シーザーいや、赤らめられるな、クレオパトラ。その始末、
そなたの賢さとして、わしは褒めておるのだ。
クレオパトラご覧なさい、シーザー。おお、ご覧ください、
栄華にはどんな供が付き従うものかを。わたくしの家来は、今やあなた様のもの。
そして、わたくしたちの身分が入れ替われば、あなた様の家来はわたくしのもの。
このセルーカスの恩知らずには、
気も狂いそう。おお、奴隷め、雇われた愛ほどにも
信のおけぬ男。なに、後ずさりするの? 下がるがいい、
きっと下がることになるとも。だが、その目玉は捕まえてやる、
たとえ翼が生えていてもね。奴隷、魂なしの悪党、犬!
おお、下劣の極みだ!
シーザー女王よ、どうか、われらに免じて。
クレオパトラおお、シーザー、なんと突き刺さる恥辱でしょう。
あなた様が、かたじけなくもここへおいでくださり、
これほど打ち沈んだ身に、君主の礼を
尽くしてくださっているというのに、わたくしの召使いが、
おのれの妬みを書き足して、わたくしの恥の総額を
膨らませるとは。仮に、優しいシーザー、
わたくしが、女らしい小物のいくつかを残していたとして——
とるに足らぬ玩具、当節のお友達に差し上げる程度の
品々でございますよ——仮に、
もう少し値打ちのある記念の品を、リヴィアやオクテーヴィアへの
取りなしのお願いにと、別に取り置いていたとして——それをわたくしは、
おのれの飼い育てた者に暴かれねばならないのですか。神々よ! この落魄の
さらに底へ突き落とされる思い。
クレオパトラ頼むから、下がっておくれ。
でないと、わたくしの運の灰の中から、魂の燠火が
噴き出しますよ。おまえが男なら、
わたくしを憐れんでくれたでしょうに。
シーザー下がれ、セルーカス。
クレオパトラ知っておいてくださいまし。わたくしたち、最も大きな者は、
人のしたことで思い違いをされ、倒れるときには、
人の手柄ならぬ人の罪科を、おのれの名で背負わされる。
だからこそ、憐れまれてよいはずのもの。
シーザークレオパトラ、
そなたが取り置いたものも、申告したものも、
戦利品の目録には入れん。今までどおり、そなたのものだ。
好きに使われるがいい。そして、信じてもらおう、
シーザーは商人ではない。商人が売り買いした品物で、
そなたと値切り合ったりはせん。だから、心を晴らされよ。
思い込みを、おのれの牢獄になさるな。よいか、女王よ、
そなたの処遇は、そなた自身の
助言に従って計らうつもりでいるのだ。食べて、眠られよ。
そなたへのわれらの気づかいと憐れみは深く、
これからも友でいよう。では、これにて。
クレオパトラわたくしの主、わたくしの君主。
シーザーそれは違うぞ。さらば。
クレオパトラ言葉で丸め込む気だわ、おまえたち、言葉でわたくしを丸め込んで、
わたくし自身への気高い務めを、忘れさせようというのよ。——だが、お聞き、チャーミアン。
アイラスお仕舞いになさいませ、女王様。輝く昼は終わりました。
わたくしたちは、闇へ参る身でございます。
クレオパトラもう一度、急いで行っておいで。
話はすでに付けてあります。手筈も整っている。
急がせておくれ。
チャーミアンはい、女王様。
ドラベラ女王はどちらに。
チャーミアンあちらでございます。
クレオパトラドラベラ。
ドラベラ女王様、あなたのお申しつけに誓いを立てた身——
わたしの敬愛が、その誓いを信仰に変えて従わせるのです——
お伝えします。シーザーはシリアを通って
帰途につかれます。そして三日のうちに、
あなたとお子様がたを、先発として送り出されます。
これを、最善にお使いください。わたしは、
あなたのお望みと、わたしの約束を果たしました。
クレオパトラドラベラ、
このご恩は、忘れません。
ドラベラわたしは、あなたの僕です。
さらば、良き女王様。シーザーのお供をせねばなりませんので。
クレオパトラさようなら、ありがとう。
クレオパトラさて、アイラス、おまえはどう思う。
おまえも、エジプトのお人形として、見世物にされるのよ、
ローマで、わたくしと一緒に。脂じみた前掛けの職人奴隷どもが、
物差しや金槌を手に、わたくしたちを
高々と持ち上げて、衆目にさらす。粗末な食事の臭いのする、
むっとする息に取り囲まれて、
奴らの吐く湯気を、飲まされるのよ。
アイラス神々よ、それだけはお止めください。
クレオパトラいいえ、決まりきったことよ、アイラス。生意気な警吏どもが、
娼婦にするように、わたくしたちをひっ捕まえる。かさぶただらけの三文詩人どもが、
調子はずれの俗謡に歌い立てる。当意即妙の喜劇役者どもが、
即興の舞台に乗せて、
わたくしたちのアレクサンドリアの宴を演じてみせる。アントニーは、
酔いどれ姿で引き出され、そしてわたくしは見るのよ、
きいきい声の少年役者のクレオパトラが、わたくしの偉大さを、
娼婦の身振りで演じるのを。
アイラスおお、なんということを。
クレオパトラいいえ、決まりきったこと。
アイラスわたくしは決して見ません。この爪が、
この目より強いのは確かですから。
クレオパトラそうよ、それこそ、
あちらの支度を虚仮にして、あの馬鹿げた思惑を
打ち破る道。
クレオパトラさあ、チャーミアン。
わたくしを女王らしく装わせておくれ、おまえたち。行って、
一番良い衣装を取っておいで。もう一度シドナスへ行くのです、
マーク・アントニーを迎えに。——アイラス、お行き。
さあ、気高いチャーミアン、本当にこれで仕舞いにしましょう。
このひと仕事を済ませたら、おまえには暇をあげます、
最後の審判の日まで遊んでいいのよ。冠も、何もかも持っておいで。
クレオパトラ何の騒ぎです。
衛兵田舎者がひとり参りまして、
女王様への目通りを、どうしても聞き入れません。
無花果をお持ちしたそうで。
クレオパトラ通しなさい。
クレオパトラなんと粗末な道具が、
気高い仕事をしてくれることか。あの男は、わたくしに自由を運んで来たのよ。
心は決まりました。わたくしの中に、女のものは
もう何ひとつない。今のわたくしは、頭のてっぺんから爪先まで、
大理石のように不動。もう、移り気な月は、
わたくしの星ではないのです。
衛兵この者でございます。
クレオパトラ下がって、その者を残しなさい。
クレオパトラ持って来てくれたの、あの可愛いナイルの虫を、
苦しませずに殺してくれる、あの虫を。
道化へえ、確かに持っておりますよ。ですがね、こいつに触れとお勧めする役だけは御免こうむります。こいつの噛みつきは不死身——いや、不治でしてね。これで死んだ者は、めったに、というか、まず助かりませんので。
クレオパトラこれで死んだ人を、誰か覚えているの。
道化大勢おりますよ、男も、女もね。つい昨日も、ひとり噂を聞きました。えらく正直な女なんですがね、ちょいと嘘をつく——いや、横になる癖がある。女ってものは、正直の道からでなけりゃ、してはいけないことですがね。その女が、こいつに噛まれてどう死んだか、どんなに痛かったか。いやまったく、その女はこの虫のことを、それはよく請け合っておりますよ。ですが、女どもの言うことを全部信じる奴は、女どものすることの半分にも救われやしません。ただ、これだけは間違いのないところで——この虫は、一筋縄ではいかん虫でございます。
クレオパトラもうお行き。さようなら。
道化この虫で、たっぷりお楽しみなさいますように。
クレオパトラさようなら。
道化よろしいですか、心得ておいてくださいよ、虫は虫の性分どおりのことをしますからね。
クレオパトラええ、ええ。さようなら。
道化よろしいですか、この虫は、賢い人の手に預けたときのほかは、信用がなりません。なにしろ、この虫には善良なところなんぞ、これっぽっちもありませんので。
クレオパトラ心配は要りません。よく気をつけますから。
道化結構で。餌はやらんでくださいよ、お願いしますよ。餌をやる値打ちもない奴ですから。
クレオパトラわたくしを、食べるかしら。
道化あっしをそこまで単純とお思いなさるな。悪魔だって女は食わねえってことくらい、心得ておりますよ。女ってものは神々の御馳走です——悪魔が味付けさえしなけりゃね。ですがまったく、あの罰当たりの悪魔どもときたら、女のことでは神々にえらい迷惑をかけておりますよ。神々が女を十人お作りになりゃ、悪魔どもが五人は台無しにするんですから。
クレオパトラいいから、もうお行き。さようなら。
道化へえ、それでは。虫で良い首尾でありますように。
クレオパトラ衣をおくれ。冠をかぶせて。この身の内に、
不死の憧れがある。もう二度と、
エジプトの葡萄の汁が、この唇を濡らすことはない。
急いで、急いで、良いアイラス、早く。アントニーの
呼ぶ声が聞こえる気がする。あの人が身を起こすのが見える、
わたくしの気高い行いを讃えようと。シーザーの幸運をあざける声が聞こえる——
神々が人に幸運をくださるのは、
後で下す怒りの言い訳のため。夫よ、今、参ります。
今こそ、その名を呼ぶ資格を、わたくしの勇気で証してみせましょう。
わたくしは火と大気。ほかの元素は、
卑しい生に譲ってやります。もう済んだの?
それなら、おいで、わたくしの唇の最後のぬくもりをお取り。
さようなら、優しいチャーミアン。アイラス、長い長いお別れよ。
クレオパトラわたくしの唇に、毒蛇が潜んでいたの? 倒れるとは。
おまえとこの世が、そんなに穏やかに別れられるのなら、
死の一撃は、恋人のつねりと同じもの——
痛くて、それでいて、望ましい。じっと横たわったままなの?
そんなふうに消えていけるのなら、おまえは世界に告げているのね、
別れの挨拶をする値打ちもない世界だ、と。
チャーミアン溶けろ、厚い雲、雨になれ。そうしたら言えるでしょう、
神々ご自身が泣いておられる、と。
クレオパトラこれでは、わたくしが卑しい女になってしまう。
あの子が先に、巻き毛のアントニーに会ってしまったら、
あの人はあの子に尋ねて、あの口づけを使い果たしてしまう——
わたくしには天国の、あの口づけを。——さあ、おいで、死をもたらす虫よ。
クレオパトラその鋭い歯で、この命のもつれた結び目を、
ひと思いに解いておくれ。可哀想に、毒を持った愚か者、
腹を立てて、早くお済ませ。ああ、おまえが口をきけたら、
偉大なシーザーを、策の裏をかかれた驢馬と
呼ぶのが聞けように。
チャーミアンおお、東の星よ。
クレオパトラお静かに、静かに。
見えないの、わたくしの胸で赤子が、
乳母を眠らせながら乳を吸っているのが。
チャーミアンおお、張り裂けて。ああ、この胸、張り裂けて。
クレオパトラ香油のように甘く、大気のように柔らかく、優しい——
おお、アントニー。——いいえ、おまえも取ってあげましょう。
クレオパトラ何をぐずぐずと——
チャーミアン——こんな下劣な世界に、でございましょう? それでは、ごきげんよう。
さあ、誇るがいい、死よ。おまえの手の中に、
並ぶ者なき乙女が眠っている。柔毛の窓よ、閉じておしまい。
黄金のフィーバスが、これほど王者らしい目に
見つめられることは二度とない。——冠が曲がっていますよ。
直して差し上げて、それから、遊ばせていただきましょう。
衛兵一女王はどこだ。
チャーミアン静かにお話し。起こさないでちょうだい。
衛兵一シーザーが使いを——
チャーミアン足の遅い使者だこと。
チャーミアンおお、早くおいで、さっさとお済ませ。ほんのり効いてきたわ。
衛兵一おおい、来てくれ。一大事だ。シーザーは謀られたぞ。
衛兵二シーザーの使いのドラベラ様がおいでのはず。お呼びしろ。
衛兵一なんという仕儀だ。——チャーミアン、これが立派な行いか。
チャーミアン立派なことでございますとも。数え切れぬ王たちの血を引く
王女には、ふさわしいこと。
ああ、兵隊さん。
ドラベラここの様子はどうだ。
衛兵二みな、こと切れております。
ドラベラシーザーよ、あなたの案じたとおりのことが、
ここに形になっている。あなた御自身が、今おいでになる——
あれほど防ごうと手を尽くされた、恐れていた行いが、
成し遂げられたのを、その目で見るために。
ドラベラおお、閣下。あなたは占い師として当たりすぎる。
恐れておられたことが、成りましてございます。
シーザー最後の最後に、誰よりも勇敢だったな。
わしの狙いを見抜いて、王者らしく、
おのれの道を選んだのだ。——死にざまは、どうであった。
血を流した様子が見えんが。
ドラベラ最後にお付きしていたのは誰だ。
衛兵一ただの田舎者で、無花果を届けに参りました。
これが、その籠でございます。
シーザーでは、毒か。
衛兵一おお、シーザー様、
このチャーミアンは、つい先ほどまで生きておりました。立って、口をきいて、
亡くなられた女王様の王冠を、
直しているところでございました。震えながら立っていて、
そのまま、こときれたのでございます。
シーザーおお、気高い弱さよ。
毒を飲んだのなら、体の腫れで
知れるはずだ。だが、この女は眠っているようではないか、
まるで、もうひとりのアントニーを、
その気品の強い網で、捕らえようとしているかのようだ。
ドラベラここに、胸のところに、
血のにじんだ傷と、微かな腫れがございます。
腕にも同じものが。
衛兵一これは毒蛇の這った痕です。それに、この無花果の葉には、
粘液がついております。ナイルの洞穴で、
毒蛇が残していくのと同じものが。
シーザーおそらく、
そうやって死んだのであろう。侍医の話では、
安らかに死ねる方法を、
数限りなく調べ尽くしていたそうだからな。寝台ごと担ぎ上げよ。
侍女たちも、霊廟から運び出せ。
女王は、アントニーの傍らに葬ってやろう。
地上のどんな墓も、これほど名高いふた組を
抱くことはあるまい。これほどの大事は、
引き起こした当人たちをも打つ。そして、ふたりの物語に寄せる憐れみは、
ふたりを嘆きの種にした男の栄光に、
劣らず語り継がれるだろう。わが軍は、
隊列も厳かに、この葬送に付き従う。
それからローマへ。——参れ、ドラベラ、この大いなる儀式が、
格式高く執り行われるよう、見届けてくれ。
